東北の話

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東北の話

先日、東北を訪れました。岩手県の太平洋岸、宮古から釜石にかけてです。震災から6年が過ぎ、海岸沿いの地域は三陸復興国立公園として指定されています。

まずは新宿から夜行バスで盛岡まで移動しました。すっきりとした秋晴れで、山麗にはリンゴがたわわに実っています。奥に、富士の形をした岩手山が鎮座しています。燃えるような紅葉真っ盛りの谷間を通って宮古へ向かって太平洋へと出ます。

防潮堤をめぐって

東北の太平洋沿岸部を訪れて目を引いたのが、長大な防潮堤です。高さ十数メートルにも及ぶコンクリート壁は町と海を遮断していました。海辺のはずにもかかわらず、海は全く見えません。古来より漁業で成り立ってきた町がその生業の場を失っているようにも感じられます。

巨大な防潮堤は建設の真っ最中でした。無数の重機が海辺に集まり、コンクリートのブロックを積み上げています。そして、そのブロックが積み上げられていくたびに海が少しずつ見えなくなっていきます。海の見える風景が冷たいコンクリートによって徐々に浸食されていきます。

当初は防潮堤の建設に賛成だった住民も、今は快く思っていないようです。できれば、作りかけの防潮堤も取っ払ってほしいと思っている人々もいるようです。安心を得るために依頼した“壁”は自らを閉じ込めるものとして圧迫感を感じたのかもしれません。現に、町中を歩いてみても片方は山の斜面で(これは元から変わらないのですが)、もう片方は無機質な“壁”が存在感を発揮していました。言うなれば、ダムの中で暮らしているようなものです。

「今までの防潮堤だと2011年の津波に対応できなかったから今度はもっと大きな防潮堤を作る」というのは、的を外しているように思われます。もし、さらに大きな津波が来たらどうするのでしょう。あるいは、防潮堤があるせいで海の様子が分からず、不意に波が来ることだって考えられます。一番安全なのは住宅を高台に移転すること。ただ、それだと利便性が悪いかもしれません。どうしても海の近くで住みたい場合は、避難路をしっかりと確保しておけば安心です。巨額の費用を投じて一様に巨大な防潮堤を建設するのは浅はかではないでしょうか。日本の高度な技術を示したいのは分かりますが、そこまでして自然に対抗する必要は感じられません。

一度、防潮堤に嫌悪感を抱いてしまうとその地域には住みづらくなってしまいます。現に遠くへ移住を決めた人もいます。本来、人と町を守るべきはずの防潮堤が町を壊す原因になったとしたら本末転倒です。防潮堤を作るのなら、住民との話し合いを重ねたうえで皆に受け入れられるものにすべきです。

良心の維持

現地で、津波によって命を失った人は良心が強い人が多かったという話を聞きました。いったんは高台に避難したものの、もう一度下へ戻って自分の家族を探したり、他の人が避難するのを助けたりする人もいたようです。そうしているところへ津波が押し寄せてきて、多くの人が命を奪われました。

津波てんでんこという言葉があります。地震があった時は津波が来るので、自分の家族や友達に構わずに各自てんでんばらばらに避難せよという教訓です。まず避難することで全員が助かるのです。

震災が起こったと聞いて、日本中から支援物資が被災地へと送られました。それは励ましのかたまりであったはずです。その優しさを快く素直に受け取れればどれほど良かったことでしょう。現実は、そううまくは事が運ばなかったようです。実際に支援物資の配分などを担当した人は「腹黒い人間を一堂に会したようだった」と話しました。住民は一つでも多くのものを手に入れようと躍起になり、隣の地域が自分の町よりも恵まれたモノを支給されていると聞くと文句や小言が止まなかったようです。もちろん、すべての住民がそのような心情を抱いているわけではありませんが、いたるところでこのような光景が繰り広げられていたと聞きました。担当者は「良心を強く感じたが、同じ程度に妬みや自己中心的な感情も目にした」と語りました。でも、家族や友人の安否、将来が分からない中、正常な心を保つことの方が難しかったに違いありません。

今回、地域の人々からいろいろと話を伺いました。ただ、現地の人といってもすべて行政など管理する側の人で、最も大事な管理される側(地元住民)の話は聞かずじまいでした。それに大した予備知識もなく訪れたため、私の所感は的外れのところもあるかもしれません。ただ、現地で感じたことを包み隠さず書いたものであることは確かです。

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学び舎タイムズ編集部

教職歴37年。中学・高校教諭、予備校講師を経て、1996年6月に小さな個人塾を開塾しました。
「将来的に役立つ学力を身につけた子どもを育てたい」という想いから生まれた、こだわりの天然木造教室は保護者からも好評です。

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